カラー

昭和の色は波乱万丈、平成の色は単調、令和の色は?

投稿日 2019年04月23日

レトロインテリア

 

後1週間で平成が終わり、令和の時代が始まります。なんとなく寂しいような気がするのは私だけでしょうか…。テレビでは、連日平成の出来事を振り返ったり、天皇・皇后両陛下や皇太子様の足跡を振り返ってみたりと、時代の変わり目らしい番組を放送しています。

 

そこで、少し前の昭和の時代から、平成まで色で振り返ってみたいと思います。

 

昭和初期、第二次世界大戦(昭和16年~19年)があり、日本は貧しく、苦しい時代でした。「欲しがりません、勝つまでは!」などと言いながら、「お国のために」多くの我慢を強いられ、最終的には原爆投下で敗戦を迎えることになります。この頃はかなり黒に近い“グレー”や、戦時中の国民服に使われた“カーキ色”などで表されます。中には、戦火や血の色から“赤”をあげる人もいらっしゃるようですが、色のない、暗い印象の“グレー”が一番ふさわしいように思います。

 

戦後、高度経済成長時代(昭和25年~31年)を迎え、東京オリンピック五輪マーク(昭和39年)が開催され、庶民生活にも豊かさが流れ込んだこの頃には、「明日があるさ」的な人々エネルギーが感じられ、緩さが許されるような暖かい時代でした。ちょうど映画“三丁目の夕日夕日”の時代ですね。暖かさの象徴“オレンジ”で表されます。

 

この後、昭和40年代にかけて数度にわたる好景気を謳歌しますが、政治家の汚職事件なども多くなり、
「政治の色はグレー」などと言われ、濁ってよく見えない、不信感を表す色として、再び“グレー”が取り上げられるようになります。

 

行き過ぎたドル高を調整するために、世界の5か国が為替に介入してドル安に動かすことを取り決めた“プラザ合意”の時(昭和60年)~バブル景気の最盛期(昭和64年※昭和最後の年)は空前の好景気で、とても浮ついた軽薄な時代でした。この頃はなんといっても“フューシャピンク”でしょう。
バブル時代には海外旅行にいくOLさんがいっぱいいて、外国ブランドの口紅フューシャのリップが流行りましたが、特にこの“フューシャピンク”は日本人に似合う色として多くの人がつけていました。メイクの色だけでなく、服の色にも多く使われていて、バブルを象徴する色という印象です。

 

こうして昭和を振り返ると、暗いグレー暖色暗いグレー⇒暖色というのを繰り返している感じで大きな波波がありました。

 

さて、平成に入ってからですが、バブルが崩壊し、リーマンショックもあって長い不況の時代になりました。阪神淡路大震災や東日本大震災など大きな震災が2度あり、それ以外の災害も多かったということで、あげられる色は“玉虫色”“鈍色(にびいろ)”などです。※鈍色は濃い灰色のことです。
暗い、濁った印象なのですが、いいこともあったから少し玉虫だとか、色がなく、温かみがなく、味気ない、そして輝きもないから鈍色だとか、あまりいい印象が持たれていないですね困り顔

 

他には、昭和に比べ川や空がクリーンになったこと、クールな人間関係、ITのイメージから“明るいブルー”をあげる人がいたり、21世紀に入ったことで、“ミレニアムホワイト”という言葉が登場したように「戦争が多かった20世紀を脱して平和な世紀を迎えたい」という思いが込められた、リフレッシュを表す白が印象に残っていたりします。

 

いずれにしても、平成は冷たい感じの色ですね。いいことも色々あったはずなんですが、1つ1つが小さな出来事なので、生活に影響を与える大きな出来事はあまり良くないものの印象が強かったということでしょう。また、PCやスマホ、タブレットなど、個々人の趣味や興味の世界に容易に入り込めるようになって、世界中の人たちとつながれるようにもなりましたが、その分身近な、少しうっとうしいけど、暖かい人間関係が希薄になってしまったような、より個人主義になり、冷たい色の印象になったような気がします。

 

色で見ても、昭和の時代は64年と長かったので、“波乱万丈”でしたが、平成は31年とその半分以下で短かったこともあり、昭和に比べると“単調”だったというような結果でした。

 

次の令和の時代はどんな色で彩られるのでしょうか?願わくば、暖かくきれいな色であって欲しいと思うのですが、「未来的」な印象になればなるほど、冷たい色が使われる傾向にあります。
「暖かいけど、光沢とか、蛍光とか、素材感とかで未来的な印象になっている色で表わされる感じにならないかな」などと思っている私でした照れ笑い